
首里城は那覇市の首里エリア海抜120mの高台建っています。
沖縄で建てられた城の中では、最も大きなお城で周囲が350m×200mに渡ります。

国王と家族が暮らす王宮と、一般人が暮らす内郭と外郭に分けられていました。
城の周りには幾つもの門を構え、城郭内に入る正門は歓会門(かんかいもん) は太平洋戦争で破壊されましたが、昭和49年(1974年)に復元されました。
首里城入り口の守礼門をくぐり左側に位置する園比屋武御獄石門(そのひゃんうたきいしもん) は、1519年尚真王時代 に建てられました。ユネスコ世界遺産に登録にされています。

発掘調査から最古の遺跡は14世紀末のものと推定され、尚巴志が琉球を統一し琉球王朝を立て首里城を王家の居城として用いるようになりました。
首里城は建設から数度にわたり焼失し、そのたびに再建されてきました。
第二次世界大戦中、城は全焼しましたが、1992年(平成4年)には正殿や門の数々と城郭が再建されました。
沖縄について

同僚や友達、家族で浜辺でBBQをしながらお酒を飲んだり、海に入ったり、サッカーをしたり、ただ昼寝をするのも良し、沖縄人の大好きな週末の過ごし方です。
ビーチによっては、レンタルテーブルやテントなどBBQの一式を借りられます。
アメリカ村の近くのサンセットビーチは便利で人気があります。
沖縄で機会があれば、是非ビーチパーティーに参加し、BBQやリラックスした1日をお楽しみ下さい。
沖縄について

真栄田岬は沖縄本島で一番人気のあるダイビングとスノーケリングのポイントです。
東海岸に位置し、琉球村(沖縄文化を体験する事ができる観光スポット)の近くです。
真栄田岬には沢山のカラフルな魚や珊瑚が広がっています。珊瑚の移植も数箇所にされています。
また、青の洞窟も有名です。地形や透明度が高い水は忘れられない思い出になること間違いなしです。
レストランや駐車場、トイレ、シャワーも設置されており、大変便利です。
急な崖の下がポイントとなっていますが、階段が通っているので簡単に降りられます。
しかし、入水地点の浅瀬には小さなウニが無数にいる為、靴などを履き足の保護をお勧めします。
沖縄について

国際通りは全長1.6kmの安里から県庁前を結ぶ、那覇の中心にある真っ直ぐな通りです。
パレット久茂地、県庁や市役所を含め、国際通りと呼ばれ、モノレールの駅が両端にあります。
バスも多く行き来をしています。
土産屋やレストラン、バー、洋服屋、など沢山の店が並んでいます。
以前は沼地に通るただの抜け道であったものが、現在は那覇市でもっとも賑わうとおりになっています。特に、夜はネオンの光や露店、ミュージシャンたちが立ち並び、いっそうの賑わいを演出します。
国際通りの名前の由来は、国際通り近くにあった国際劇場から取ったものです。
日曜日の正午から午後6時までは車の立ち入りが規制され、歩行者天国になり様々なストリートパフォーマンスをみることができます。

国際通りの中央辺りに、平和通りと市場本通りというアーケードの商店街があります。
平和通りを抜けると、壷屋という焼き物の散歩道に出ます。
沖縄について

沖縄料理では、気候の違いから本土で一般的に見られる食材を栽培できないこともあり、沖縄特有の食材が多く利用されています。海に囲まれた島々の県ですが、魚料理が余発達していません。食文化としては地理的に近い鹿児島県や台湾の料理の影響が強いようです。
琉球が廃止され、鹿児島県に取り込まれてからは本土の食文化を取り入れた沖縄そば等は沖縄料理として広く認識され、沖縄県民にも根強い人気があります。
また、移民や出稼ぎが奨励され他県のみの料理のみだけではなく、ブラジルやハワイ、フィリピンの料理が紹介され定着した料理も多くあります。
また、第二次世界大戦後は、米軍の軍政下に置かれ、アメリカから輸入された保存食や缶詰を利用した、ポーク缶詰料理やタコライスなど独自の食文化も始まりました。
沖縄料理の主は豚肉料理です。琉球王朝時代、中国との関係を築く為に、大量の豚料理でもてなしたことから養豚が盛んになり沖縄県の食材として根付いたと言われています。台湾料理の影響を受け、「鳴き声以外は全部食べる」と言われるほど頭から足先までが料理されます。豚肉料理で有名なのは、豚肉の角煮(ラフテー)やあばら骨の部位を煮込んだ(ソーキ)、耳の軟骨(ミミガー)、頭の皮(チラガー)、豚足をじっくり煮込んだ(テビチ)、塩漬けにした(スーチカ)、甘い味噌と炒め合わせた(油みそ)脂身を炒って乾燥させた(あんだかしー)や内蔵はイチリーと呼ばれ炒めたり、汁物として料理されるなど豚料理は非常に多彩です。
沖縄について

沖縄としての和名は、779年に書かれた伝記で初めて登場します。 中国名は琉球でした。沖縄県における農耕の痕跡は紀元前8世紀頃からですが、本格的な農耕社会が始まったのは12世紀頃だとされています。12世紀ごろから琉球でも稲作・畑作を中心とした農耕社会が始まり、文明の度合いが色濃くなり、日本、台湾との貿易も盛んになされるようになりました。
15世紀から16世紀前半にかけて琉球王国で活発な貿易が始まり、明王朝と朝貢貿易を行ったほか、日本本土の諸港にも貿易船を送っていました。
琉球の衰退が始まった頃、琉球を通じて明と貿易を望んだ薩摩を統治する島津氏は琉球王国への要求を強める様になり1603年に江戸幕府が開かれ日本が新時代に入り1609年幕府は武力で要求を承諾させることを決断し、薩摩藩主島津忠恒に対して琉球への侵攻を許可しました。
1871年に全国で廃藩置県を実施した日本の明治政府は、1872年琉球王国を強制廃
して琉球藩の設置を決めました。しかし清はこの日本の政策に反発し、琉球は古来中華帝国に服属していたものとして、琉球の領有権を主張しましたが1879年、明治政府は軍隊と警官を派遣して琉球藩の廃止を宣言し、鹿児島県に取入れましました。同年中に沖縄県を設置し、琉球王国は中央集権的近代日本国家に組み入れられて消滅しました。
第二次世界大戦中の太平洋戦争では、激しい空襲によって那覇市が壊滅しました。1945年、慶良間諸島にアメリカ海軍艦隊が集結し、すさまじい砲撃と空襲を実行しました。沖縄県民も沖縄防衛隊を配置し、多くの一般人も戦闘に参加し、日本軍と共に亡くなりました。戦争終結後、沖縄県はアメリカ軍政下に置かれました。1972年、日本に復帰するまでの27年間米軍は住民の土地を強制的に接収ました。現在でもそれらの土地は返還されることなく、沖縄本島には在日米軍の基地が多くあります。
沖縄について

日本の南西部、かつ最西端に位置するのが沖縄県です。100以上の琉球諸島を含み、1000kmに渡り中国の直前まで続いています。
沖縄本島は九州と台湾の間に位置し、県庁所在地は那覇市で、沖縄本島の南にに位置しています。
その他の本島の街には宜野湾市、糸満市、名護市、沖縄市、浦添市などがあります。
沖縄本島周辺には以下の島々があります。
本島諸島
-伊江島
-久米島
-沖縄本島
-慶良間諸島
宮古島諸島
-宮古島
-伊良部島
八重山諸島
-西表島
-石垣島
-与那国島
沖縄には14のアメリカ軍基地が存在し、普天間飛行場や嘉手納飛行場などを含んでいます。
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